私たちが治療を引き受けるとき、最初に確認する4つのこと

医療において本当に重要なのは、「始められた治療」ではありません。「最後まで終えられた治療」です。
途中で終わった治療は、成功でも失敗でもなく、未完了です。私たちは、この未完了を、最も重いリスクだと考えています。
治療が途中で終わってしまう理由は、患者さんの問題だけではありません。多くの場合、原因は治療開始前の判断と説明にあります。
- リスクが十分に共有されていなかった
- 治療期間や負担が現実的でなかった
- 期待値と現実に乖離があった
- 医院側が無理をして引き受けていた
これらはすべて、「始める前に」防げた問題です。
だから私たちは、「できるかどうか」より先に、この治療は最後までやり切れるかを確認します。
◆1.最後までやり切れるか
私たちが治療を引き受ける条件は、技術的に可能かどうかだけではありません。治療は、生活の中で続けられて初めて完遂します。
- 治療期間を受け入れられるか
- 通院頻度が現実的か
- 術後管理を続けられるか
- 生活背景と無理がないか
これらを含めて初めて、完遂できるかどうかを判断します。
その結果、治療を見送る提案をすることもあります。それは消極的な判断ではありません。完遂を前提にした判断です。
「今は時期ではない」。「条件が整っていない」。「別の選択肢の方が安全である」。そう判断した場合、私たちは治療を急がせません。完遂できない可能性が高い治療は、始めない方が良いと考えています。
完遂は、精神論ではできません。初回説明で期待値を調整し、リスクを具体的に共有し、節目で再確認し、不安が生じた時点で立ち止まる。この積み重ねが大切なのです。
そして私たちが「引き受けます」と言うとき、それは治療を始めるという意味ではありません。最後まで責任を持つという意味なのです。
◆2.無理な運営になっていないか
治療の質は、技術や設備だけで決まるものではありません。どのような運営をしているかによって、大きく左右されます。
私たちは「どれだけ多く診るか」よりも、「どのように診ているか」を重視しています。
混雑している医院が悪いわけではありません。空いている医院が良いとも限りません。問題になるのは、無理な前提で診療が組まれているかどうかです。
- 診療時間が足りていない
- 判断を急がせている
- 説明が後回しになっている
- 担当が頻繁に変わる
こうした状態が続くと、治療の精度だけでなく、判断の精度も下がっていきます。 そのため私たちは、診療や手術の件数を意図的に制限しています。希少性を演出するためでも、特別感を出すためでもありません。
一症例あたりの時間を確保し、チーム内での共有を徹底し、予測外の事態に対応できる余白を残す。これらを守るために、無理な詰め込みは行わないという判断をしています。
回転率を上げるために、早く終わらせる/同時進行を増やす/判断を簡略化する。それらは一時的に効率を上げますが、長期的な安定を犠牲にする可能性があります。特に難症例では、判断を急ぐこと自体がリスクになります。
医療には計画通りに進まない場面が必ずあります。状況が変わる。条件が想定と異なる。判断を見直す必要が出る。そのとき必要なのは、時間と体制の余白です。私たちはこの余白を確保することを、診療の一部だと考えています。
◆3.治療後も安定して使い続けられるか
治療の評価は、終わった瞬間には確定しません。時間が経ってから、初めて分かるものです。
私たちは「治ったように見える状態」ではなく、安定して使い続けられる状態を治療のゴールと考えています。
短期の成功と、長期の安定は別物です。初期は問題がなく見えても、数年後に違和感やトラブルが出る。再治療が必要になる。それは治療が失敗だったというより、設計が短期視点だったことに起因します。
私たちは治療計画を立てる際、常に次を確認します。
- 咬合に無理がかからないか
- 清掃・管理が現実的か
- 将来の変化に対応できるか
- 再治療になった場合の選択肢が残るか
そして私たちは、治療後の管理を含めて治療と考えています。定期的なチェック、咬合や周囲組織の変化、清掃状態の確認、違和感が出た際の再評価。これらが前提にない計画は、安定を保証できません。
難症例ほど、安定の設計が重要になります。条件が厳しい症例では、一時的に成立する治療と、長く安定する治療の差が大きくなるからです。
◆4.発信している情報は本当に正しいか
医療において分かりやすさは重要ですが、正確さはそれ以上に重要です。私たちは「期待を高めるための説明」よりも、判断を誤らせないための説明を優先します。
どの治療にも適応条件があります。
- 骨量・骨質
- 咬合の状態
- 全身状態
- 既往歴・服薬状況
- 術後管理の可否
これらの条件がそろって初めて、治療は医学的に成立します。条件を省略して「できる」「可能」と表現することは、正確ではありません。
向いていない症例は存在します。長期安定が見込めない。合併症リスクが高い。管理が継続できない。こうした場合、私たちは治療を見送る判断をします。それは消極的な対応ではなく、医学的に正しい判断です。
医療には必ずリスクがあります。外科的侵襲、感染・治癒遅延、予測外の変化、長期的な影響。私たちはそれらを「起きにくいから説明しない」という選択をしません。起こり得る可能性として、事前に共有します。
また、治療結果を断定しません。「必ず成功する」「絶対に問題が起きない」「誰でも可能」。こうした表現は医学的に正確ではありません。その代わりに、条件・前提・予測の幅を説明します。
情報を発信するということは、判断に影響を与えるということです。だからこそ私たちは、医学的根拠に基づく説明、適応と限界の明示、他の選択肢の存在を省略しません。「知らされていなかった」と感じる余地を残さないことが、情報発信の最低条件だと考えています。
私たちの結論|「始める」より「終える」。そして「終えた後」まで責任を持つ

ここまで述べた4つは、別々の話ではありません。ひとつの結論に向かいます。
- 最後までやり切れるか(完遂)
- その判断精度を落とさない運営か(体制)
- 終えた後も安定する設計か(長期視点)
- その判断を誤らせない情報か(医学的妥当性)
私たちは、これらがそろって初めて、治療を引き受けます。
そして「引き受ける」とは、治療を始めることではありません。最後まで責任を持つことを意味します。
だから私たちは、軽く治療を始めません。この姿勢は、患者さまにも負担をかけますが、それでも私たちは守り続けます。
